大学時代から分からなかったことが分かった

ニューメリカルレシピ・イン・シー 日本語版―C言語による数値計算のレシピ

ニューメリカルレシピ・イン・シー 日本語版―C言語による数値計算のレシピ

大学時代、大学院生が肌身離さずもっていた本。
どの部屋にいっても、この本があった。

どうしても欲しくなったので、夏休みに本屋さんに取り寄せてもらっていた。
教育論文を書くため、かなり熟読した。

大学時代、スペクトラムのfittingで、
\chi^{2}/ndf(自由度)が1に近かったらよく
fittingされているよ。と言われ、わけも分からず、
理由を調べようともせず、ただそれを信じて解析をしていた。

今、何故、そうなのかが分かった。
NUMERICAL RECIPES in C に全て書いてある。
理由つきで。

でも、やっぱりこの本は難しいので、

確率・統計 (理工系の数学入門コース 7)

確率・統計 (理工系の数学入門コース 7)

こっちの本の助けも借りたけど。

今まで分からなかったことが、分かる。
最高に嬉しい瞬間である。
分かったことから、新たな疑問が生まれる。
だから、学問は果てがない。
だから学問は虚しい。
学問を虚しいと感じるところから、学問の
スタートとは、有名な森 博嗣先生の言葉である。
100点を取る虚しさともいってたっけなあ。

二十代は、遮二無二勉強をした。研究だけに時間を使ってきた。目の前にある自分だけの問題に興奮し、自分だけの征服感が最高のものだと信じていた。純粋な学問は果てがない。到達感のない虚しさこそが貴重なものだとも思った。

こんなことも言ってますね。

ふと、自分もそんなこと大学生の時に書いたなぁと思って見返してみる。

何故研究をするのかといえば、 自分の中の疑問が一つ、そして また一つと解決していく過程で、新たな発見がある。「はかない」といえば、それまでだが、未知の領域が広がる。 そこに喜びを感じる。 この研究が何に役に立つのか?といわれれば、何も役に立たない。しかし、役に立たないことをするのは、人間しかしない、 人間らしい行動だとも思える

なんて、くさいせりふ。完全に森先生にかぶれていますね。
ちょっと恥ずかしいけれども、こんな風にいつから思わなくなったのかなと
思うと、少し寂しさを感じます。